HCL Domino IQとは何か:Sovereign AIによって社内蓄積データとLLMがもたらすもの
「参照したい過去の資料が、細かくサイロ化された『フォルダ』から見つけられない」「営業活動の中で会話したはずの情報が見つからない」「去年の見積もり内容すら分からない」など、情報の散在と知識の埋没は、多くの企業が長年抱え続けている深刻な課題です。特に一般的なファイルサーバーなどのシステムでは、目的のデータを探し出すのは容易ではありません。しかし、元来『あらゆる業務情報の共有とナレッジの蓄積』を目的として設計されたHCL Dominoであればこうした情報の埋没を最小限に抑えることができ、多くのお客様が長年の利用を続けています。
そして今や生成AIの普及により、自然言語による対話を通じてLLM(大規模言語モデル)が持つ一般的な知識や文章生成能力を業務に活用できるようになりました。しかし一般的なパブリックAIを利用するだけでは、自社に眠る『過去の営業情報』や『独自ノウハウ』、すなわち「自社固有の業務情報、経験、知識」を引き出すことはできません。
これを解決し、『社内のあらゆる知識と膨大な外部知識を一つのフロントアプリケーションから、自然な言葉で瞬時に再利用できるようにする』のが、HCL Domino V14.5から搭載されたDominoによる生成AIソリューション「Domino IQ」です。
Domino IQがどのようにして社内データを生成AIのソースにするのか、どのように『安全』に活用するのか、その具体的な仕組みやユースケースについて深掘りして解説します。
外部にデータを出さない「Sovereign AI(ソブリン=主権型AI)」という選択
生成AIは、業務効率化やナレッジ活用の手段として、またビジネスプロセスの改善において、今や誰もが無視できない存在になっています。コードの生成、アイデア創出の壁打ち、ドキュメントのドラフト作成、議論の要旨の生成、議事録の自動作成など、その用途は数えきれません。
しかし、実際の業務に導入する際の最大の壁は「セキュリティ」です。機密であるはずのソースコードや、社内会議の録音データから文字起こしした内容をパブリックなAIにそのまま入力してしまうリスクは、社内でコンプライアンスをどれだけ徹底し、整備していても防ぎきれないものです。
Domino IQの最大の強みは、外部のAPIに依存せず、ローカル環境のDominoにLLMエンジンを直接配置できる点にあります。
Sovereign AI(ソブリン=主権型AI)とは Llama 3やMistralなどのオープンなLLMをダウンロードして社内環境に実装することで、機密性の高い社内データを外部のAIサービスへ送信せず、完全に社内環境内で処理する構成です。Domino IQの場合、その社内環境とは「Dominoサーバー」を意味します。
これにより、複雑な仕組みを一から構築しなくても、Domino V14.5の機能によって「メールのAI返信」や「長いメールスレッドのAI要約」「テキストの翻訳」といった業務効率化を、安全なローカルLLMの設定だけで実現できます。
V14.5.1の真骨頂:既存の業務アプリ(.nsf)をAIの頭脳にする「RAG機能」
しかし、Domino IQの進化はそれだけにとどまりません。2026年3月にリリースされたDomino 14.5.1の最も重要なアップデートが、RAG(検索拡張生成)機能のサポートです。
一般的なLLMは、文字通り世の中の一般的な知識しか持っていません。しかしRAGを利用することで、皆様が長年のビジネスで作り上げてきた社内のDomino業務アプリ(.nsf)を、生成AIの情報ソースとして直接活用できるようになります。エンドユーザーにとっては「使い慣れた社内の独自情報が、単なる全文検索ではなく、生成AIとの自然語会話で自然に返ってくる」という、全く新しい体験となります。
【Domino IQによるRAGの仕組みと設定方法】
- この機能を使うためには、Domino IQの設定画面(Domino IQ Config DB)で、「どのデータベース(NSF)の、どのフィールドを参照して回答を生成するか」を指定します。
【実際の裏側の動作】
- ユーザーが「〇〇株式会社の2024年度の売上を教えて」と質問すると、Domino IQは指定されたNSFから関連する情報(例:「2024年の売上は〇〇円でした」という社内データ)を検索してバックグラウンドで抽出します。この社内データを「追加のコンテキスト」としてAIに与えることで、AIが嘘をつく現象(ハルシネーション)を抑制し、正確で根拠のある回答を生成します。
DominoのACLを踏まえた「安全な」生成AIの実現
社内データをAIの情報ソースにする際に、最も懸念されるのがアクセス権限の扱いです。
Dominoには「ACL(アクセス制御リスト)」や「読者フィールド」など、Dominoの核となるきめ細かな権限管理の仕組みがあります。Domino IQを利用する際も、この権限モデルがそのまま引き継がれます。
簡単に言えば、「自分のユーザーID(IDファイル)でアクセス権のないDominoアプリの情報は、Domino IQがRAGで参照していても、AIの回答として出力されることはない」ということです。これにより、全社向けAIでありながら、そもそも自分にACLが設定されていない「役員しか見られない情報」や「特定プロジェクトの機密」、あるいは「ワークフローの決裁結果」などはDomino IQでも獲得できず、それらが一般社員に漏洩するリスクを完璧に防ぎます。
開発者向けの拡張性と、すぐ試せるサンプルアプリ
Domino IQは、単なる独立したチャットツールではありません。既存のDominoアプリケーションからAI機能を呼び出すための標準的なインターフェースとして、LotusScript、Java、REST APIsが提供されています。
実際にどのようなアプリケーション開発が可能なのか、HCLやコミュニティからすでに有益なサンプルアプリケーション(ntfテンプレート)が公開されています。
- Domino IQ LAB(OpenNTFで公開) テキストの翻訳、簡単な質問回答、要約などのシンプルなAI命令を、LotusScriptからどのように呼び出すかをハンズオン感覚で学べるサンプルアプリです。
- Domino IQ Insights(GitHubで公開) 任意のアプリケーションのビューやフォームに記載されている内容をAIに洞察・要約させるアプリです。例えば、案件管理DBの入力ビューの情報を読み込ませることで、現在の顧客プロジェクトの状況やパイプラインのスナップショットをAIに要約・レポートさせるといった高度な使い方が可能です。
導入に向けた考慮事項:AIを駆動する「ハードウェア要件」
Dominoユーザーにとっては夢のような機能であるDomino IQですが、導入にあたってはインフラ面の要件をしっかり理解しておく必要があります。ローカル環境でLLMを稼働させるため、CPUおよびGPUへの負荷は非常に高くなります。
専用サーバーの推奨
- 普段メールや業務DBを稼働させている本番のDominoサーバーとは別に、Domino IQ専用のDominoサーバー(ノード)を独立して構築することが強く推奨されています。
GPUは必須級の要件
- HCLは、実用的な速度でAIの応答(推論)を得るために、コンピュート能力8.0以上(Ampere世代以降)のハードウェアNVIDIA GPUカード(VRAM 8GB以上)を搭載した環境を推奨しています。
モデルによる変動
- Mistral 7BやLlama 3 などの 7BモデルであればVRAM 8GB程度で動作可能ですが、より高精度でパラメータ数の多いモデルを使用する場合は、16GB〜24GB以上のVRAMが必要になることもあります。
この領域は、従来のDominoサーバー構築スキルに加え、オンプレミスAI/LLMのインフラに関するノウハウが必要となります。日本に於いてはノーツコンソーシアムでのDomino IQ 評価発表、HCL Ambassadorの方々によるブログ等での検証結果やアプリの構築ノウハウの発信がなされています。こうしたDominoコミュニティからの発信も、皆様の強力な支援となります。
まとめ
Domino IQは、これまで社内Dominoで業務を行い蓄積されてきた過去の業務内容、その結果、各種資料、規定、日報、審査事例といった貴重な知識を、自然言語のプロンプトによって統合検索し、瞬時に意思決定に活用できる「AI統合ナレッジベース」への扉を開きます。
ハードウェアへの初期投資やサイジングの検討は必要となりますが、それに見合う「企業の主権(ソブリン)を守る強力な安全安心のAI環境」を手に入れることができる、まさに次世代のインテリジェント・プラットフォームと言えるでしょう。