前回の Vol.1 ~そもそも最近よく聞くデザイン思考って何?~ では、デザイン思考とは、そしてクラウドとデザイン思考の関係について考えてみました。
IBM のクラウド戦略、そして、その根幹である Bluemix がデザイン思考を元に生まれた製品だと、お伝えしました。また、IBM を始めとする IT ジャイアント各社が、かなりの勢いで、デザイン思考を担う「デザイナー」を採用していることもお伝えしました。
さて、そのデザイン思考ですが、日本での盛り上がりもある一方、デザイン思考の採用が難しい現実も見え隠れしています。
前回の特集では、IBM における成功事例として、Bluemix を挙げました。今回は失敗事例というわけではありませんが、デザイン思考の導入を難しくするものについて、考察を深めてみたいと思います。
デザイン思考、その前に…
前回もデザイン思考の効果的な実践は難しいかも、ということについて触れました。
日本の多くの企業は、成功を前提に(成功事例を基に)ビジネス展開を考えることが多いのではないでしょうか。この「成功」という意味も広いのですが、”成功を前提に”と言うのは、”失敗しないことを前提に”とも言い換えられます。計画を練り、リスクを排除し、とにかく”失敗しないように”プロジェクトを進めます。しかし、デザイン思考の場合、失敗を前提に(できるだけ小さい失敗を重ね失敗から学びながら)、をコンセプトとして、プロジェクトを進めるのです。
このプロジェクトの進め方は今までのものとは対照的あり、”失敗しないようにする”ことに慣れているチームや担当者が急に「失敗前提」でと言われても、なかなかリスクに飛び込めないものです。デザイン思考への移行には、”失敗しない前提”の他にも以下のような課題があります。
- 期間や予算の予想が通常のプロジェクトとは異なる
- 複雑な承認プロセスが短期、繰返し型のプロジェクトの足かせとなる
- 縦割りの組織や、パートナー企業を含む複雑なプロジェクト推進体制もネックに
- 組織を横断した、また外部からの人選が重要
- プロジェクトの評価方法や人事考課が減点方式となると、失敗前提の評価が難しい
う~ん、こう考えると暗い気持ちになってきます。何だか日本には向いていない思考法なのかも… と思われたかもしれません。
いいえ、そんなことはありません。デザイン思考には日本の製造業を中心としたモノづくりの方法やアイデアもふんだんに取り入れられています。もちろん、デザイン思考は万能なものではありませんが、イノベーションに悩む日本企業にとって、その方法を学んだり、試したりする価値はあるはずです。
デザイン思考教育の現状
前回の特集を読まれた方で、不思議に思った方も多かったかも知れません。IT ジャイアント企業の求人で、なぜそんなに「デザイナー」が募集されているのかと。日本でもデザイン思考を導入するのであればさっさと雇ってしまえば良いのではと…
しかし、そう簡単ではない現状があります。
まず、デザイン思考に積極的に取り組んでいる海外の大学や大学院を見てみましょう。
- Stanford University d.School
- Illinois Institute of Technology Institute of Design
- MIT Integrated Design & Management
- Harvard MS/MBA
- Aalto University Integrated Design Business Management (Helsinki)
日本では、
- 京都大学デザインイノーべションコンソーシアム
- 東京大学 i.school
- 千葉工業大学 創造工学部
- 慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科
などがあります。
もちろん、日本の大学でもデザイン思考を学ぶことはできるのですが、現在、世界のデザインスクールとして上位にランキングされている大学は見受けられないのが現状です。そもそも学部やデザイン・スクールで学べる人の数が少ない、実質的に外部や社会人に開かれていない、学部横断ではない、などがその理由として考えられます。
海外では、スタンフォード大学を例にとると、d.School など学部横断型の組織を持つところも多く、企業での盛り上がりを機に、新たにデザインスクールや学部を設けるところも増えているようです。
また、『デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド -the d.school bootcamp bootleg- 』に出てくる、デザインプロセスを進めるにあたって必須のスキルを学ぶ体制が整っているか?ということもあります。それは、インタビューの方法であったり、様々なブレーンストーミングの方法であったりします。
日本人に聞き慣れない例でいえば、『デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド』の一つにインプロ( Improvisation : 即興演劇/即興コメディ、またその教育手法)があります。欧米では、Google、Facebook、Pixar など多くの企業でインプロを使ったワークショップが実施されています。
即興の教育手法を使い、高度なコミュニケーション能力や発想力を養い、チームビルディングを実現しています。
スタンフォード大学の起業家育成コースでは、1学期を通したインプロのクラス受講の必須としています。これは専属のインプロの先生が指導し、起業家に必須の能力のひとつとして、また、デザイン思考に必要なメソッドとして学んでいます。
このように、デザイン思考そのものだけではなく、そのための予備知識やスキルを学ぶ体制が整っていることもデザイナーを多く輩出できる要因ではないかと考えられます。
更に、重要な点ですが、学生の受け皿である企業が「デザイン思考」を重視しているか?ということも大きいように思います。
IBM の取り組み
以前に IBM が主催するデザイン思考に関するセミナーに参加しました。様々な学びがありましたが、その中でも某航空会社での事例の話は大変興味深いものでした。
その事例の航空会社は、伝統的なウォーターフォール型の開発手法を行っており、IBM が提供するデザイン思考を取り入れたサービスプログラムを実施した際、いったん反発(Resistance)にあったという非常に親近感のわく内容でした。
米国においても歴史のある企業や業界、またその企業文化や企業内の中心的となる年代、世代によって、デザイン思考やアジャイル開発への抵抗感や順応性は異なるようです。
では、IBM ではそのような企業にどのようなアプローチを行っているのでしょうか。
IBM には、IBM Bluemix Garage というデジタル・トランスフォーメーションをサポートするサービスがあります。
前述の某航空会社での事例では、航空会社のエンジニアと IBM のエンジニアがペアになって開発を進めるなど、単純にコンサルタントが助言するイメージではないのが特長的です。
デザイン思考、リーンスタートアップ、アジャイル開発、DevOps など Bluemix 上で短期間にプロトタイプを開発する支援サービスは、非常に体験的なものであり、”助言し実施する”、というより “一緒に実践する” というものであることがわかります。
ウォーターフォール型に慣れ親しんだ企業であってもこのような体系的、かつ体験的なサポート(一緒にやってみせること)により、プロトタイプ開発を一通り経験することができるようです。
IBM Bluemix Garage のメニュー
とは言っても、当セミナーでの本音トーク部分では、「現場は選ぶ」と話されていました。デザイン思考に向いている開発現場は、
- 内製化されている
- ビジネスと開発が密接に関わっている
- 失敗を許す文化がある
のがポイントになるようです。
また、日本の典型的な IT 現場である、「サイロ化や SIer が絡む」、といった部分も上手くいかない原因になり得てしまう、とのことでした。
やはり、デザイン思考を取り入れていく中で、プロジェクトの規模やテーマ、メンバー選定、さらにサービスに至るまでの準備やマインドセット…等々
高度にコミュニケーションできて、創造的にアイデアを出し合えて、さっさとプロトタイプ開発できるような前準備が大事ポイントとなるのだと、と感じました。
デザイン思考は、プロセスから能力へ
最後に本質的な課題を一つ。実はイノベーションが出てこないことやその枯渇が問題ではなく、そもそも製品企画や開発の「プロセス」が問題、となることがあります。このような場合、一通り、コストをかけてデザイン思考のプロセスを回してみても「何も生まれなかった、平凡なアイデアしか生まれなかった」となることが多々あります。
実はまず課題解決すべきは、製品やサービスの「イノベーション」の部分ではなく、その発生プロセスである場合が多いのです。このイノベーション・プロセスをデザイン思考を通じて立て直していく、再構築するということが、「イノベーション」への遠いようで近道となるのかもしれません。
そこで重要になるのが、「何のためにツールを使うのか」という目的設定であり、縦割りではなく組織を横断的に、時には外部にも広げられる柔軟さではないでしょうか。
デザイン思考の世界的広がりの中心であるスタンフォード大学での今の流れを説明した記事を引用して終わりにしたいと思います。
デザインのやり方にお手本はない
現代はとかく忙しいものです。でも何かを究めるには時間と忍耐と実践が必要です。時には初心者にプロセスに従ったデザインを勧めるのも理解できますが、そのプロセスは絶対的でもお手本でもないことをしっかりと理解して下さい。それによって少しはできるようになった気がするかもしれません。デザインは常に進化し続け、多かれ少なかれプロジェクトにポジティブなインパクトを与える洗練された触媒なのです。しかし、そこに至る道には決まりきったプロセスなどないのです。
Medium Japan「デザイン・プロセスの話はもうやめよう」、Carissa Carter (2016年11月19日)
もはや、d.School では、型通りのプロセス(レシピ)を重視しておらず、料理で言えばそのレシピ通りではないオリジナリティあふれる料理を生む「能力」を重視しているとのことです。
当然と言えば当然なのですが、ここに「デザイン思考」の難しさというか、面白さがあるのではないでしょうか。
次回は、本特集の最終回、デザイン思考の事例として IBM Studios Tokyo を訪ね、いろいろお話をお聞きしたいと思っています。